村上春樹、20世紀最後に放った傑作『スプートニクの恋人』。
LGBTを主人公に、ギリシアを舞台にした小説とあっては、地中海の島々を隈なく巡った身としては、この小説の舞台を紐解かずにいられない!
カルチャー系旅行雑誌に寄稿した記事を再掲します。
村上春樹『スプートニクの恋人』とは?
Trunk Room Library 蔵書:閲覧可(ハードカバー)
『スプートニクの恋人』は、1999年4月に講談社より刊行された村上春樹の長編小説。
表紙の絵はEMI。装丁は坂川栄治。
2001年4月に講談社文庫として文庫化された。

村上春樹『スプートニクの恋人』について
それほど熱心なハルキストではない私だけれども、2000年あたりに地中海の島々を巡っていた頃に、彼のギリシアやトルコに関する著作を、かなり参考にさせていただいた。
何度もギリシアを訪れていたことから、2006年に発行されたカルチャー系旅行雑誌のギリシア特集を丸ごと企画・取材・執筆したのだけれども、その時に、村上春樹の小説『スプートニクの恋人』にも触れたこともある。
村上氏には『遠い太鼓』『雨天炎天』などギリシアについて書いた紀行文はあったが、小説の舞台としてとしてギリシアを本格的に扱ったのは初めてだったはず。
ただ、面白いのは、ギリシアが舞台なのは確かなのだが、実際は”架空の島”として描かれていること。
ギリシアの島を多く周ったことのある人間としては、その微妙にして、絶妙な現実とのズレが醸し出す空気感の絶妙さが、この作品の核をなしているように感じていた。
文学評論的なストレートな文章ではなく、架空の対談として解説してみのも、その感覚を反映してのことだったと思う。
下に、その記事を再掲しておきます。
text by Hiroshi Sugiura
<参考:村上春樹のギリシア関連の書籍>
『スプートニクの恋人』の島はどこ?
「PAPER SKY」No.17(2006年4月25日発売号)に掲載

村上春樹とギリシア
H:Γεια σου, Ιζούμι.(やあ、いずみ)
I:Καλημέρα, Χιρόσι. (おはよう、ひろし)
H:Είσαι καλά; (元気?)
I:Είμαι καλά, ευχαριστώ. (元気ですよ、ありがとう)
H:Τα λέμε. (じゃあね)
I:Αντίο. (さようなら)‥‥って、もう、お別れ? それにあなたがいくらギリシア好きだからって、いつまでこんなギリシア語初級編みたいな会話に付き合わなくちゃいけないの?
H:いや、挨拶は重要だからね。君の好きな村上春樹も、ギリシア人は挨拶の達人だって書いてるしね。
I: ああ、『遠い太鼓』に出てくるヴァンゲリスね。ギリシア人は本当にあんな人が多いの?
H: 年配の方や田舎の人はとくにね。道ばたで会って話しこむと、本当に長くなる。
小説の舞台は、ギリシアのいくつかの島の特徴をミックスした架空の島
I: ところで村上春樹といえば、ファンとして『スプートニクの恋人』のギリシアの島が実在するのか知りたかったのよ。主人公すみれが疾走する島ね。
H: 小説の中での架空の”島”なんじゃない?
I: はぐらかさないでよ。本気で行きたいと思っているんだから。
H:じゃあ、ハルキ島とスペツェス島とミコノス島とイドラ島を足して、8:2:1:1で割った”島”とでも言えばいいかな。
I:面倒な計算ね。足して10にもならないし。
H:”島”へは、ロドス島から行くなら、ドデカニサ諸島ということは確か。ドデカニサはギリシア語で”12”という意味だから、その数にちなんでみたんだけど。
I:誰もわかんないって、そんなこと。
H:”島”の場所解きは、そんなに難しくはないけどね。ロドス空港から近い港、つまりスカラ・カミルから船が出ているのはハルキ島で、そこがベースになっている。ハルキという自分と同じ名前に惹かれて、彼は実際に訪れているし、かつて海綿採りで栄えたというのも史実に沿っている。ただ、島の描写に関しては、少しずらしているね。小説では丘を越えた島の反対側に砂浜があることになっているけど、実際のハルキ島は港から海沿いに10分ほど歩いたところにビーチがある。そのビーチへの道のりの描写は、むしろミコノス島で。ミコノス・タウンからスーパー・パラダイス・ビーチへの風景を感じさせるんだ。
I:へえ。
H:「1960年代にはイギリスの作家が~」云々とあるけど、それは1930年代のスペツェス島の状況で、1960年代に外国から多くの芸術家が訪れたのはイドラ島なんだ。それらがうまく混ざっている。
I:なるほど。
H:もう一つ言うなら、『スプートニクの恋人』はレズビアンの話だよね。村上春樹は実際に、レズビアンという言葉の起源になったと言われるレスヴォス島のミティリニとペトラの街には少なくとも行っているしね。
I:彼が1980年代後半にギリシアに滞在していたことが、作品に影響しているってことなのかしら?
H:たぶんね。1990年代の彼の小説は、ある意味でギリシアで体験した不思議な感覚を、いかに小説としてい表現するかを試みていたとも思えるんだよね。そのギリシアの感覚をストレートに表現して傑作になったのが『スプートニクの恋人』だという見方は、あながち間違いじゃないと思うと。
I:確かに『遠い太鼓』『雨天炎天』『使いみちのない風景』と続いたギリシア周辺についてのエッセイ集を読むと、そう考えてもいいのかもしれないわね。
H:『遠い太鼓』に書かれているスペツェス島で行った映画館の描写が象徴しているよね。「とにかく変な夢なんです。僕と女房は広い映画館の中にいるんですが、前の方の席は子供ばかりで、後ろの方の席は大人ばかりなんです。そして天井が開いていて、星が見えるんです」。これが夢でもなくて、現実にギリシアにはある。この映画館は、今でもスペツェスに実在しているよ。
I:そのあたりのニュアンスを感じたかったら、いま挙がったような島々に行ってみればいいわけね?
H:うん、観光としても悪くないところばかりだ。


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